今回は少し前に書いたピストンについての続きに
なりますが夏場に厳しい冷却についてです。
「夏場に乗るのはどうですか?」
と良く聞かれますが、そんなもん人間が暑くて
乗るのが嫌なほどであれば乗らないほうが良いに
決まっています。
旧車が設計された当時とは暑さの厳しさがまるで
違います。こんなに暑い時に走る前提で物が設計
されていないのです。
昔は夏でもエアコンなしでも過ごせていましたが
今は暑すぎます。私なら走りません。
ですので私の答えは、乗れないことはないが
エンジンには良くない。もしそれでも乗りたいなら
朝早い時などまだ比較的涼しい時、また、
渋滞の起こるところには行かない、ですね。
その時はトラブルなく走れても、
部品が熱で歪んだりして、ダメージは残りますから
後々オイル漏れが発生したり問題が出てきます。
私たちがバイクを一般使いする時は、
レースで使用する時と違い、一度エンジンを組むと
しょっちゅう分解し内部を確認するわけには
いきません。
この関係で、特に熱が厳しいピストンは何年、
何万キロと長くへたることく使えるように
優れた物が良いわけです。
また、私たちが使うには、ただ軽ければいいと
いうものはありません。
ピストンは直接高温にさらされるのですが、
燃焼室内でプラグに火が飛んで一番高温に
さらされる時に、ピストンを押し下げる力も
最大になります。
強度が一番必要なタイミングで高温により
弱くなってしまうのです。
ところがピストンは内部にあるもので、
外気で直接冷やすわけにはいかない。
暑い時期に全く熱が逃げていかなければ壊れたり、
そうでなくても傷んでしまいます。
特に熱くなっているのはピストンの上部で、
上から2番目のピストンリングぐらいまででは
ないかと思います。
そこの部分を冷やしたい。
ヘッドも、シリンダーも外から見える部分は
空気で直接冷やされます。
と言ってもただの空気ですから、空冷車は
水冷車に比べれば夏場は格段に厳しい条件です。
ではピストンの熱はどうやって他に伝わり
冷えているのか。
それは主に以下の3つです。
●エンジンオイルでの冷却。
●吸入される混合気、つまりキャブレター側から
入ってきた空気と燃料が混ざったものによる冷却。
これも結構大きいです。
●そしてピストン→ピストンリングから
シリンダーライナーに伝わることでの冷却。
どれもこの文を読んでいるだけでは劇的に温度を
下げることにはつながらそうですがこれだけです。
まずはエンジンオイルについて。
残念ながらカワサキZ系などの古い
空冷エンジン車の場合、
エンジンオイルで冷やすための特別な機構は
ついていません。
つまりピストンに空洞があり、そこに向けて
オイルが吹きこまれピストンが冷やされる、
あるいはピストンの裏にオイルが吹きつけられる
などの特別な構造にはなっていないのです。
これらの機構があればピストンの上部の部分を
オイルで直接冷やすことに効果があります。
が、残念ながらそういう物はついていません
つまりエンジン内を飛んでいるオイルの粒子や
潤滑するオイルで二次的に冷える分が主になります。
直接オイルでガンガン冷えるわけではありません。
また夏場の空冷車のエンジンオイルの油温は高く
なってしまっています。
そうはいっても、せめてオイルの温度がいくらかでも
下がるように努力はしなければなりません。
当社でも排気量の大きいエンジンには
オーバーホール時、使用する条件により
段数を変えたりしながらオイルクーラーを
装着するのはそのためです。
またカワサキZ系、ローソンなどのJ系は油温が
100度をこえたあたりからアイドリング時に
警告灯が点灯するようにしてあります。
もちろん冬場の冷えすぎも良くありませんが。
次に吸入される混合気。
これには吸入される吸気(低温)とピストン(高温)
の温度に差がありますから、吸気が入ってくることに
より冷えるのが一つ。
夏になれば吸気温がとても高くなるので
ピストンはさらに冷えにくいことになります。
さらに渋滞にはまれば夏に風通しの悪い部屋に
いるようなもので地獄です。
真夏の渋滞にはまるような使い方は避けた方が
良いというのは、エンジン外側だけでなく
吸気される空気の温度が高くなることにより
エンジン中も冷やせなくなるからです。
もし夏場にすり抜けが苦手な水冷エンジン車の
友人と共に渋滞にはまったら、私は遠慮なく
見捨てます。(笑)
自分のバイクの方が大事。
今ははぐれても連絡は簡単に付きますから。
さらに吸気される混合気関連でもう一つあります。
それは吸気する混合気内に含まれる
ガソリンが気化する時にピストンから
熱を奪うことによる冷却です。
キャブレター内を通過する空気により
ガソリンが吸いだされる時、その場で
ガソリンが完全に気化されるわけではありません。
その気化されないガソリンがしずくとなり
ピストンにかかってそれが高温により気化する。
その時にピストン上部の熱を奪って冷却する
ことにつながります。
昔の改造車のターボエンジンで、
ピストンを冷やすのに多めのガソリンを
吹くなんてことを聞いたことがないでしょうか。
それです。
ですが、燃焼のために必要な混合気を得る
以上に濃いめのキャブセッティングを
するわけにはいきません。
調子が悪くなってしまいます。
ですから結果的に走るために必要な
セッティングを施し、その過程の中で
自然にピストンの冷却につながっている
部分があるということです。
そこで純正のキャブレター。
基本純正のキャブレターは思うように
微調整、セッティングができるように
なっていません。
純正のキャブレターはノーマルのマフラー、
ノーマルのエンジン、ノーマルの点火系で、
しかもそれがへたっていない好調の時に
合わせた部品です。
エンジン内部が消耗したりしてコンディションが
悪く、下がってくればもちろんですし、
エンジン内外の部品が変わってくれば
それに合わせてキャブレターのセッティングを
した方が良いに決まっています。
調子が悪くなるとほとんどキャブセッティングは
濃い方にずれてくるのですが、逆に薄すぎても
ピストンの冷却を妨げることにつながります。
要は調整できるキャブレターで、エンジンの仕様、
条件に合わせて調整し使用する方がピストンの
冷却含め、全ての面で良いのです。
ですので、当社の場合エンジンオーバーホールと
キャブセッティングできるキャブレターの使用が
セットでないと作業を引き受けないことにしている
わけです。
良いピストンを使うならそれに合った
セッティングをしたいからです。
飾っておくなら純正キャブでもよいですが、
古いバイクを気持ちよく、長く調子よく走らせるには
どちらが良いか解ってもらえると思います。
ただ、バイクを趣味で所有するのなら、
どちらかが正解という事ではありません。
自分に考えに合った店を選べば良いだけのことで、
当社のような考え方の店に純正キャブの取り付けは
頼まず、
逆に純正キャブを取り付ける前提の店に、
社外品のキャブ取り付けを無理に依頼しないのが
得意分野を生かす正しい方法です。
何でもやりたくないからダメと言っている
わけではなく、
当社ではここに書いてあるようなことも含め
考えがあっての作業なわけです。
そして良い部品を使い、作業量も増えれば
金額も違ってきます。
そして3つ目、
ピストンリングからシリンダーライナーに
伝わることでの冷却ですが、
これにはピストンリングの厚さが関係してきます。
厚さとはリングの上下を測った寸法で、
本来は厚さとは呼ばないのですが
話しが解りにくくなるので、
今回は厚さと書きます。
このピストンリングの厚みを減らせば
フリクションが減り、フラッタリングという
エンジンにとって良くない現象も減らせ
メリットがあるのですが、
逆にこの厚みが薄くなると特に冷やしたい
ピストン上部の熱をピストンリングから
シリンダーライナーに伝える量が減り、
冷えにくくなってしまいます。
ですからピストンリングもやたらに薄ければ
良いということにはなりません。
ちなみに純正のZ2ピストンのトップリング
(一番上のリング)は厚さが1.5mmと厚く、
JB製鍛造ピストンでは1.0mmとなっています。
だいたい社外ピストンでは1.0mmぐらいから
1.2mmぐらいが一般的だと思います。
ここまででピストンの冷却については
終わりなのですが、ピストンリングについては
まだ続きがあります。
先ほど少し出てきたフラッタリングという現象です。
ピストンリングは通常ピストン溝の上か下に
押しつけられることにより燃焼室内のガスを
シールしています。
フラッタリングとは上か下にリングが
押し付けられておらず、
中に浮いたような形になり、結果として
燃焼室内のガスをシールしきれていない
状態のことを言います。
私たちが一般道で運転する際は圧縮圧力の
低い時にこの現象が起こるとされています。
ですが運転に支障がでる、それを感じることは
ないかと思います。
私も運転中にこれがフラッタリングだと
思ったことは(気付いたことは)ありません。
一般道で走っている場合、高回転域を使うのは
短い時間でそれほど多くありませんが、
高回転時にアクセルをあまり開けていない
一定の開度の時に燃焼室内の圧縮圧力が下がるため
起きている可能性があります。
この現象が起きるとブローバイガスが一気に
増え出力が落ちると言われています。
また未燃焼のガソリン分がオイルに混ざり、
オイルを希釈することが解っています。
オイルの減るのも早めになるかもしれません。
ですから普段から高回転を良く使う方は
知らないうちにフラッタリングがおきている
可能性がありますから、早めのサイクルで
オイル交換をした方が良いと思います。
ではこのフラッタリングを減らすには
どうしたらよいか。
それはピストンリングを薄くして、
リングを軽くすることです。
JB製ピストンは1mmです。その点でも
純正ピストンより優秀です。ですが薄すぎず
熱の伝わりも良い。
では知らないうちに起こっているとしても
そのフラッタリングが起きた時の、
ガスのシール抜けを減らすには
どうしたらいいか。
それにはピストンリングの本数を一般的な
3本のままとし、2本に減らしたりはしない、
当たり前の方法がとられます。
ターボエンジンではない、自然吸気エンジンでは
ピストンリングを2本にすると良いなどという話も
あります。
2本にすればフリクションも減りますし、
いい面もあります。
ですが私たちが乗るバイクはレース用では
ないので、トップリングにフラッタリングが
起きてもセカンドリングがシール性を保って
くれるように、さらにピストン上部の冷却にも
有利になりますから、3本リングが良いと思います。
ピストンリングの形状も、私がこの仕事を
始めた時の物と、今の物は変化しています。
最近の物の方が、よりフリクションが少ない
方向に変わっているのではないかと感じます。
リングの合口の隙間も以前の物より大きくなりました。
エンジンを組み付け、バルブクリアランスを
調整する時に何度もクランクシャフトを
手で回すのですが、これだけでもはっきりと
違いが解るほどです。
ただリングだけでなくピストンの形状も
変わっており、おそらくそれと合わせて、
ガスのシール性を保持しつつ、
フリクションが少なくなる物を目指したのでは
ないかと考えます。
ピストンを設計したメーカーの方と直接
話したわけではないので、推測ですが。
JB製ピストンのリングで、
上から、
トップリング、セカンドリング、
オイルリングとなりますが、
このトップリングと、セカンドリングの間に
溝があります。
以前のピストンにはなかったのですが、
ここにガスを溜めこみ、シールの効果を
あげているのではと推測します。
補足としてピストンのピンについて。
この部品も大きな力がかかり、なおかつ
軽くしたい部品です。
ピンの太さはカワサキZ系が17mm、
Z1100Rなどの空冷最終に近いモデルや
スズキカタナ1100などは太さが
18mmになっており、強度アップ
されています。
なお17mmのままで問題になったことは
ありません。
今回書いた機能が発揮されるには
ピストンに強度が必要で、全てそれが
前提の話です。
燃焼室内でプラグによって混合気に火をつけ、
混合気が燃える。
この時にピストンは上死点の速度ゼロから
一気に加速しまた下死点で速度ゼロになる。
クランクシャフトにも相当負担がかかりますが
ピストンの負荷も相当なものです。
強度が低くピストンの負担が大きい時に
簡単にその力に負け、大きく変形していたら
どうでしょうか。
ピストンとシリンダーのクリアランスは
一定にならず、ピストンリングのシール性を
保つことも、ピストン上部の熱をライナーに
逃がすこともできなくなってしまいます。
ピストンが厳しい条件の中、できるだけ
その形のままでいてくれること、
クリアランスもきちんと保ってくれることが
とても重要なのです。
エンジンオイルだ、カムは何を使うなど
言う前に順序として何が大切なのか。
そこのところが解っておらず、
せっかくオーバーホールするのに
強度の低いピストン、ダメなライナーを使い、
あっという間にへたってしまうエンジン。
しかも高強度のピストンでも
べらぼうに高いわけではありません。
そのメリットを充分に理解していないから
金額が少し安いだけで根性無しピストンを
使うのでしょう。全く理解できません。
どうせオーバーホールするなら、
よいピストンを使いその性能が長く保つ
ものとしたい。
ここに書いてあることも技術が進んでいくので
全て正解とは言い切れません。
ですが、こういうことを一切知らず、
興味もなく、経験もない人に
エンジンのオーバーホールなどの重要な
作業ができるのでしょうか。
誰に頼むかはよく考えた方がよい。
誰でもできることではありません。
良いエンジンを手に入れれば、維持は簡単。
クソ暑い時に乗ったり、渋滞にはまったり
余計なことをしなければ良い。
眠たいエンジンを作りたい時は止めは
しませんが、良いエンジン、良く走り
長持ちするエンジンを作るなら
良いピストンは必須です。
結果エンジンを開ける回数が減り、
トータルでは金額も安くなるのです。
もしピストンのことで迷っている方がいたら
ぜひ話してあげてください。
もちろん良いボーリング、きちんとした組付け
など他にも大切なことは山ほどありますが、
それができる人、解る人が少ないのは
当たり前で、経験と勉強が必要なのです。
だから良い整備屋は常に忙しいわけです。
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